村山匡一郎  映画日誌
8月映画日誌
 8月に入る。東京の蒸し暑さは相変わらずだが、曇天の日が続く。この2・3年、同じような夏を迎えており、やはり温暖化と関係しているのだろうか。

 2日の夕方、明日から始まる東北芸術工科大学の集中講義のため、山形駅に到着。雨が降ってきた。授業で見せるビデオやDVDの詰まったスーツケースを抱えて、教職員宿舎にタクシーを飛ばす。

 集中講義は、10月に山形国際ドキュメンタリー映画祭が開催されることから、ドキュメンタリー映画の理論や歴史をやる予定でいた。おそらく学生たちはほとんどドキュメンタリー映画を見たことがないと思われるので、なるべく見せる授業にした方がいいのではないかと考え、30本ほどのタイトルを持ってきた。

 受講生は50名以上。朝10時半から昼食をはさんで夕方5時過ぎまで。ドキュメンタリー映画の授業はなかったせいか、みんな熱心なので感心した。初日はドキュメンタリー映画をどう考えるかについて、2日目は映画の誕生からドキュメンタリー映画の歴史について、3日目は1960年代以降の新しい動きについて日本を中心に講じる。そして4日目は実験映画などほかのジャンルの映画との関係について話す。

 夜は加藤到さんのゼミの学生たちの飲み会に参加したり、主任教授の根岸吉太郎さんをはじめ専任の先生たちと飲んだりする。ちょうど集中講義を担当する映画編集の川島章正さんにも初めてお会いし、みんなで楽しく過ごす。

 最終日の翌日には、加藤さんの学生と山形国際ドキュメンタリー映画祭の人たちとキャンプに出かけ、夜はバーベキューパーティーを楽しむ。8日夕方に東京に戻る。1週間留守にしたので、郵便物やメールなどが大量に溜まっていた。

 8月に入ってまだ試写を1本も見ていない。10日に久々にギャガの試写室で園子温の『ちゃんと伝える』を見る。『愛のむきだし』とはがらりと違って、オーソドックスな描き方には驚いた。それでも父親の遺体を湖の畔に連れ出して一緒に釣りをするシーンには園子温らしいシュールな味が出ていて面白い。

 11日からは多摩美術大学の八王子と上野毛における前期の授業、それから東北芸術工科大学の集中講義のレポート採点を始める。恒例の仕事とはいえ、学生たちのレポートにそれほど差はなく、採点にはいつも頭を悩ませる。2・3年前からインターネットでの採点登録が採用されている大学が多く、期日を過ぎると登録不可能になるので、とにかく必死でレポートを読み続ける。

 レポート採点に疲れたので、14日は『グッド・バッド・ウィアード』のラスト試写に行く。キム・ウジン監督の韓国映画。1930年代の満州を舞台にした無国籍アクション映画だが、ソン・ガンホをはじめ役者はさすがに味がある。

 レポート採点が続くなか、17日はイメージフォーラム映像研究所で夏期作品を制作する学生たちの素材講評をする。かわなかのぶひろさんと久々に一緒になり、終わってから学生を含めて渋谷で飲む。

 翌18日は『火天の城』の試写を東映で見る。山本兼一の原作は読んでいたので、どんな具合に映像化しているのかは興味があった。セットは重厚な印象だが、原作の描く戦国のテクノクラートとしての主人公像とは少し異なり、大工さんとその家族のイメージになっていた。近年は小説や漫画の映画化が多く見られるが、やはり原作の方が面白い。オリジナル脚本に挑戦してほしい。

 ようやくレポート採点が終わり、20日に再び山形に行く。ドキュメンタリー映画祭のスタッフやボランティアの人たちの交流会に参加する。その流れでコンペ部門に出品が決まった『ナオキ』のナオキさんたちと飲み屋で痛飲し、ホテルに戻ったら午前3時。

 翌21日は午前中に仙台短編映画祭の我妻さんと山形駅で落ち合い、映画祭で開かれる「ドキュメンタリー教室」の打ち合わせをする。午後は東北芸術工科大学の加藤到ゼミの学生の小林さんに会い、彼女のドキュメンタリー制作のアドヴァイスし、夜はドキュメンタリー映画祭の理事会に出席。

 22日お昼過ぎに東京駅に着き、その足で国立フィルムセンターに行く。コミュニティシネマ主催の「上映専門家養成講座」の「映画史講座」で話すため、2時から受講生たちと『狂った一頁』を鑑賞し、そのあと映画美学校の第二試写室で1920年代アヴァンギャルド映画を中心に講義する。途中で昨日会った仙台短編映画祭の我妻さんも見えて、終わってから彼とお茶を飲みながら話す。

 右目が腫れておかしいので、24日は起きてすぐに眼科に駆けつける。疲れから細菌にやられて膿んだらしい。緑内障の心配もあるといわれる。それでも午後は東宝に『Ballad 名もなき恋のうた』の試写を見に行く。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』の実写版リメイクである。子供向けだが、タイムスリップものとしてそれなりに楽しめる。

 今週は原稿が溜まっているものの、どこにも出かける予定がないので、1日に1本は試写にいくことを決意する。25日は『アンナと過ごした4日間』を見る。久々のスコリモフスキ監督作だ。時制を交錯させながら、男性が好きな女性を眺めるという日常のちょっとした欲望を取り上げて、それをスリリングに展開して見せる力量はさすがである。

 26日はワイズマン監督の『パリ・オペラ座のすべて』を見に行く。ワイズマンにしては華やかな場面に焦点を当てている印象を強く感じる。オペラ座という空間よりはエトワールたちのリハーサルや公演が前面に出ており、もっと裏側を見せてほしい気がする。本作も2時間40分あるが、もっと長尺でもいい。

 27日はホン・サンス監督の『アバンチュールはパリで』を見る。主人公の日常の風景を繊細に描きながら、夢や幻想を唐突に織り込んで男性と女性の持つ感情の二面性をシュールに覗かせて面白い。

 28日は午前中に眼科に行き、緑内障の検査をする。年齢のわりにはまだ危険域に入っていないという結果でホッとする。安心したので『戦場でワルツを』の試写に行く。個人的な戦争体験をアニメーションで描いた異色作。最初にドキュメンタリーで撮って、それを元にして絵を描いたといい、ドキュメンタリーとアニメーションを融合した新しい方法が面白い。今日はもう1本、ドキュメンタリー映画『イメルダ』を見に行く。元フィリピン大統領夫人の生涯をインタビューと資料で追ったものだが、イメルダ夫人の人となりはよくわかる。会場で元東京国際映画祭アジア部門のディレクターだった暉岡創三さんと会い、終わってから二人で新橋の立ち飲み屋で飲む。

 29日は国立フィルムセンターで開かれている土本典昭展に駆けつける。明日で展示会が終了のためか、見学者が多く、山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局の矢野さんと碓井さん、また土本基子さんとも会場で顔を合わせる。帰宅後、配給会社や宣伝会社から送られてきたDVDを見る。『TAJOMARU』『ドゥームズデイ』『狼の死刑宣告』の3本。溜まっている原稿のことが頭の隅をよぎる。深夜に台湾の映画評論家の張昌彦さんから電話が入る。山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加するので手配を頼まれ、台湾映画の現状を30分くらい話す。

 30日は衆議院選挙の日。とにかくこの仙台短編映画祭のHP向けの原稿を書こうと決意。自由に書いていいということから「日誌」にする。何とか夜までに書き上げて、テレビで選挙速報を見る。民主党の圧勝には驚いた。就寝するには時間が中途半端なので、DVDで『悪魔のエレベーター』を見る。タレント出身の堀部圭亮の監督デビュー作。物語の仕掛けは面白いが・・・。

 31日は日本経済新聞社からの電話で起こされる。明日の朝までに原稿1本。本日はラスト試写を見に行く約束を宣伝担当者にしていたが、台風が接近していることもあって、担当者には悪いけれども原稿書きに専念する。夜までに仕上げて、それからこのHP向けの原稿の追加分のためにパソコンに向かっている。8月も本日で終わり。でもまだ締切りが過ぎた原稿が溜まっている。う~ん、どうしよう!

2009年8月
村山匡一郎/Kyoichirou Murayama
1947年生まれ。早稲田大学大学院で映画学を学び、映画評論家、映画研究者として現在に至る。武蔵野美術大学、イメージフォーラム研究所、多摩美術大学などで教鞭を振るうほか、山形国際ドキュメンタリー映画祭を含む様々な映画祭の審査員等を歴任。著書に「映画は世界を記録する-ドキュメンタリー再考」、「ドキュメンタリー;リアルワールドへ踏み込む方法」など。