田平時計-SENDAI-

tahira田平衛史 たひらえいじ
1978年島根県生まれ。2000年九州芸術工科大学画像設計学科卒。
在学中から独学で映像製作を始め、卒業後上京。TVCMの編集スタジオに就職。
退社後、映画「美女缶」にスタッフとして参加。並行して本格的に自らの映画製作を始める。
撮影半年、編集と音作業に一年を要し「シノブゴコロ」(2003)を完成させる。
その後「+A」(2004)を製作し、ロンドンやベルギーなど海外での上映も行う。
2005年11月に「またたく魔」と前2作を合わせて単独映像個展「ブックマーク~東京田平展~」を渋谷アップリンクファクトリーにて開催。
現在は映像の仕事などをしながら初めてとなる長編作品を構想中。

2006.9.17. ショートピース!

いよいよ上映当日です。
自分の映画の上映を見るのは裁判にも似た心境で、心臓がバクバクしました。
とはいっても裁判なんかやったことないので想像です。多分そんなバクバクです。

お客さんの反応を直で見ることができたのが本当にうれしかったです。
笑いを、気持ちを共有することのできるスクリーン上映。やっぱり好きです。
この瞬間、大変だったことも、つらかったことも吹き飛びます。

トークイベントではかなり緊張はしていましたが、楽しくできました。
とても心地良い空間でした。
あまりに心地良かったのでしゃべるつもりのなかった次回作構想をペラペラしゃべってしまいました(笑)

やー早まったことをしました。
でも、しゃべっちゃったし。
これも1つのプレッシャーとして、今後取り組んでいこうかなと。

上映後、そして交流会ではお客さんから直接感想をいただき、これまた新鮮な経験でした。
感動です。なかなかできない経験だと思います。

僕は作品を「愛」を持って育てようといつも思っています。
それを「愛」を持って上映してくださった映画祭のスタッフの方々、本当に感謝しています。
そしてそして、会場に足を運んで下さったお客様。
今回の映画祭に関わった全ての皆様、本当にありがとうございました。

「またたく魔」はまた1つ完成に近づきました。

「また仙台に戻ってくる」という新たな目標を胸に、これからコツコツ、また映画と向き合って生きていこうと思います。
本当に本当にありがとうございました!

*全然関係ないですけど短い時間の中牛タンは食べることができました。
行列ができるようなところではなかったようですが、「食べる」という事実を重視しました。
今回は無理でしたが次回はぜひまた正宗像を見に青葉城に(笑)だって、好きなんです銅像。

2006.9.6. 映画「またたく魔」

早いもので一ヶ月が経過してしまいました。
駄文を積み重ね、若干反省しています。

もっとなんかいろいろ書けると思っていたんですが、力不足でした。
ブログの女王みたいにはなれませんでした。
関係ないですけど「ブログの女王」だと様になりますが「ブログの女王様」だとちょっと様にならないどころか危険な香りすらします。
すいません、ほんとくだらなくて。

さて話は変わりまして、
映画の完成する瞬間というのは、結構あっさりしたものでして。
最後の音作業をやって直すところが無くなった段階で「じゃあ、、これで完成、かな?」
みたいなノリで意外に地味です。

で、試写会をスタッフでします。
僕はこのスタッフの試写がとても苦手です。
なぜか。
誰も感想を言ってくれないからです(笑)
まあ身内ですから、感想うんぬんはなかなか言えないでしょう。やあ、分かってるんですよ。
分かってるけど「お疲れ!」としか言われないのは不安でしょうがない。
試写後の僕はいつも悶々としてます。

「映画は観客に見せて初めて完成する」

よくいろんな人が言ってます。
その通りだと思います。
「またたく魔」のような自主制作された映画なんてものは自分で企画して上映会でもしないかぎり人の目に触れることはありません。
僕も去年やりましたが、関係者への完成報告会という意味合いが強かったので本当の意味ではいまだこの映画は完成していないと僕は思ってます。

映画祭のような機会はとても貴重です。
明らかに僕の知り合いではない人達が見てくださるわけです。とてもうれしいです。
上映をしてくださる仙台の映画祭のスタッフの方々には本当に感謝しています。
ありがとうございます。
17日は仙台に足を運びます。
上映後、「くだらない!」と罵声をあびるかもしれませんが、それがきっとこの映画の完成した瞬間なんです。
とても楽しみです。
でもホントに言われると落ち込むんで罵声はなるべくオブラートに包んで。。

ほんとに最後も締まらないズルッとした感じになってしまいましたが、駄文にお付き合いくださりありがとうございました。
こんな駄文を「田平時計」という自分のブログでもやっているので、お暇な人は探してみて下さい(教えません)
すぐ見つかりますよ(でも教えません)

では仙台でお会いしましょう。

2006.8.27.「お見合い」

「またたく魔」が9月、2つの映画祭で上映されるのでフライヤーでも作るか、というわけで作りました。
こういう印刷物のレイアウトデザインになると善し悪しがまったく分からないので、できる友人に頼んでやってもらいました。
強烈。

「またたく魔」は作品紹介にもありますが、お見合い写真を巡るお話です。
これはネタではなく、マジな話なんですが、ちょうど撮影中に母親から僕にお見合いの打診がありました。

「いい子がいるんだよ」

びっくりするを通り越してなんか笑っちゃいました。
よりによってそういう映画作ってる時に。。。
どんな子か気になって・・ではなくて作品のリアリティ追求のためにお見合いをするか本気で悩みましたが。
結局お見合いはしませんでした。

だって僕は映画に恋してますから。

なーんて、ほんとはちょっぴり後悔してます。

2006.8.22.「心奪われる一日」

この夏休み日記も5回目になりました。
今年の夏はわたくし夏休みなど一日もなく毎日働いています。
「何回海行ったらそうなるの?」と色の黒さをよく指摘されますが1回も行ってません。
というか僕は冬も黒いです。
こんにちは、田平です。

駅の歩道橋を歩いてる時、素晴らしく空が奇麗だったので思わず写真を撮りました。
去年東京の西のはずれに移り住んだのですが、都心に比べてなんかやたら空がでかく感じます。
よくぼーっと眺めています。

いい雲といい空を見て満足して歩いていると一人のおじさんが自転車で追い抜いていきました。
え?おじさんの着ていたTシャツに思わず釘付けになりました。

「分社化2000」

バックプリントで縦書き。
「2000年に分社化した記念にTシャツでも作っちゃう?」
という架空のストーリーが頭の中をよぎります。

いろいろ心奪われる一日でした。

2006.8.12.「腱鞘炎と映画のタイトル」

前々回、映画の話をしますと書いておいて前回おもいっきり漫画の話をしてますね。
いきあたりばったりで日記を進めています、こんにちは田平です。

夏風邪にかかってしまい、苦しい日々が続いています。みなさんも体には気をつけて下さい。
健康第一です。
また、左手が結構ひどい腱鞘炎になってしまい、苦しい日々が続いてます。みなさんも腱鞘炎には気をつけて下さい。
蛇口をひねるだけで痛い。
でもこれそもそも腱鞘炎なのか確認しておらず。病院に行くべきでしょうか。

左手が不自由になって結構左手使ってるんだなと思いました。
僕左利きなので歯磨きとか、携帯メールも左手だし、駅の自動改札は右側にあるのになぜか左手でやります。(右手だとうまく入りません)
腱鞘炎になった原因もおそらくパソコンのマウスが左手だからなんですが。
腱鞘炎だからといって右手でマウスを使うと作業効率が半分以下になるためしかたなく左手で。
というわけで回復がまったくめどが立たない感じです。

どうでもいい話は置いておいて、今回こそちょっと映画の話を。
「またたく魔」という作品は2004年の11月にクランクインして2005年の5月にクランクアップしました。
短編なのになんでそんなに時間が?という感じですが、いろいろあったんです。
写真の疲労困憊している無精髭状態の僕。そこから察してやって下さい。

企画そのものが「俳優、小澤喬のための映画」だったため、脚本のタイトルも最初「小澤ショートフィルム」とか「小澤ショート」と呼んでいました。
稿を重ねていき、何回かタイトルが変わりました。
最初は「シャッターと瞬き」そのあと「またたく時間」。4稿のときに「またたくま」になり、5稿で現在の「またたく魔」になりました。

なぜ「魔」なのか。それは映画を見てのお楽しみですが、あの漢字になったきっかけはパソコンの漢字変換で「またたくま」を変換した時「間」の次が「魔」だったからです。
いまや僕のはパソコンは「またたくま」と入力すると迷わず「またたく魔」と出てきます。
それはそれで困ります。

タイトルは毎回色々悩みますが「またたく魔」は結構お気に入りです。

2006.8.12.「少年と大人」

他の監督さんが真面目に日記を書いているので、いつまでもふざけてないでちゃんと日記を書こうと思います。
こんにちは、田平です。

突然ですが、僕は漫画が大好きです。
漫画といってもいろいろありますが、僕はいまだに少年誌が好きなんです。

だいたい中学生くらいから「もう少年誌はねー」という感じで青年誌を読むようになったりあるいは漫画そのものを読まなくなったりしてました。
が、僕はいまだに週刊の少年誌は毎週読んでます。
大人になりきれなかったと言ってしまえばそれまでですが、僕が漫画に求めていた風景は少年誌にしかなかったような気がします。

少年誌だけでなく、妹の買った少女漫画も読みあさり、広く浅く漫画ばかり読みながら生活していました。
オヤジが頑固で小六までビデオデッキを買ってくれなかったためビデオで映画をみることもなく。
まして映画は公民館でしか見れないような田舎だったので映画は高校卒業するまでほんとに数本程度しか見てません。

僕には漫画しかなかった。

映像という表現の方法論に遭遇したのは大学の時。
映画館である映画を見ました。それまでの映画、邦画の概念を吹き飛ばされました。
こんなものがあるのかと。
その時面白いのが、「映画を見よう!」ではなく「映画を作ろう!」と思ったんです。
いまだになぜそう思ったのかは分かりませんが、とにかく私はいまやどっぷり映画製作の中にいます。
大学からガシガシ映画は見ましたが、それでも子供の頃から映画を見てる監督さんとかには量では圧倒的に少ないです。
つまり今日の僕を形作っているバックボーンは映画ではなくやはり漫画、少年漫画なのです。(作風は少女趣味といわれますが)

今日も駅の売店で昔より高くなった週刊少年雑誌を買い込み、家ではコツコツ1冊ずつ「ジョジョ」を集めています。
「大人買い」しないところが大人になれないところなのかもしれません。

漫画を写すと怒られそうなので重ねて側面から。
カラフル。

2006.8.6.「そこに城があるから」

新幹線に乗って姫路に日帰りで行ってきました。
車窓から見える山と田園風景に思わず目がいきます。
なんか落ち着くなあ。。と思った自分にちょっと驚きました。
心のおっさん化は着実に進行しています。

3時間も乗っていたので読みかけの本を読破しました。
重松清「ビタミンF」
ここ最近読んだ小説の中でピカイチで面白かったです。素晴らしい。
グッと来ます。

用事が終わり当然姫路城に行きました。
理由はいりません。
姫路はお城まつりなるものをやっていて賑わっていました。
時間がなくて中まで行けませんでしたがやはり姫路城は絵になります。
カッコいい。
ちょっとなんか観光日記化してるので次回はもう少し映画の話をします。。

2006.8.1.「仙台」

いきなりですが仙台の正宗像です。実は2年前仙台で「またたく 魔」の前二作を上映する機会がありました。これはその時「仙台に行ったらこれを!」と思い、山をなぜか徒歩で 登って撮った写真です。
今回「またたく魔」の上映が仙台でできることになり、なんだか仙台に 親近感が湧いています。カッコいいなあ正宗像。。映画製作以外にこれといった趣味が持てない私の数少ない趣味っぽいものが史跡巡りです。
銅像は思わず撮ってしまいます。岡山駅では思わず桃太郎像を撮ってし まいました。
あ、あれは史跡でもなんでもないですね。
銅像が好きなんです、はい。