信二 ビキニング
6. 凡才、筆が止まらない(最終回)
20年以上前、
あれは小学三年生のときか...
授業中黒板にわざと汚い字を書いてふざけたら、
先生には怒られたけど、級友たちがアハハと笑った。

とても心地よかった。
はじめて人を笑かす快感をおぼえた。

今日、
映画館でクソみたいな日本映画を見た。
映画は観客を必死で笑わそうとしているのに誰一人笑わない、笑えない。

とても腹が立った。
悪びれもなく平気でギャグがすべりまくる日本映画を見るといつも腹が立つ。
1作品のなかで5回以上もギャグがすべる監督は、むこう5年間映画撮るの禁止!
5年間、バナナマンのライブに通いつめろ!
などと思ってしまう。

私が初めてきちんとした映画を撮ったのは、5、6年前の映画学校の卒業制作。
「犯行声明申し上げます」などという過激ぶったタイトルで、
笑いはいっさいない、クソ真面目な映画だった。
そんな私だが最近はもう、笑いのない映画を撮る気はないし、
そんなクソ真面目なシナリオは恥ずかしくて書けなくなってしまった。

いつのまにか、映画を創る以上、劇場で観客を笑かしてやりたいと強く思うようになった。
教室で級友たちを笑かした快感を映画館で味わいたいとおもった。
4年程前に韓国の映画祭に行ったとき、今敏監督のアニメ映画「東京ゴッドファーザーズ」が
劇場内でバカうけしまくってたとき、俺の映画も異国の地で爆笑とりてえええええ!と貧血をおこしそうになった。
外国の映画館では客が日本みたいに静かじゃない、みんな容赦なく爆笑していると聞く。
v うらやましい。
でもなぜか、日本の劇場でも、有楽町あたりでやる一般客をいれた試写会など異様に客(特にオバちゃん)が爆笑する。
あれはなんなんだ。
このまえ行った「おくりびと」の一般試写も、ものすごい勢いで爆笑をとっていた。
ちょっとモックンが変な顔するたびに爆笑。
そこまでいくと嫉妬を超えて呆れてしまうが、
最近の映画でいうなら、「マジックアワー」や「ホット・ファズ」や「中学生日記」など
日本の映画館でも爆笑をとる映画をみるとすごく嬉しい。
逆にすべりまくる映画(特に日本映画)をみると、もう本当にくやしいやら悲しいやら情けないやら、
しがないオッサンどもに自転車撤去されたときと同じくらい、この世の絶望を感じる。

そんな私ですが、
バリバリのコメディ映画、喜劇映画を撮りたいとおもっているかといえば
そうではなく、きちんと笑かす所は笑かす映画を撮りたいとおもっているだけです。
そんなやつが撮った映画なんだから「信二」なる作品はさぞかし笑えるんだろうな、などと思うかもしれませんが
そんなことはありません。
ハードルは低くしてください。
絶対、くすりたりとも笑わせません。
でも5回はすべりません、12分の短篇ですから。
4回くらいすべった所でちょうど終わるので、つまらなくても怒らないでください。
ちなみに当の本人も、
メールだとよくしゃべるのに、実際会ったらつまらない人ですね、と言われるタイプです。

で、何の話でしたっけ?
あ、そうそう笑いですか、笑い。
そんな笑いには大したこだわりはないがお笑い好きなネクラな自分が、
自分ってやつは、本当に作品を通して人を笑かしたいんだなあと痛感したのが、
3年程前に、「怪奇!アンビリーバブル」というホラービデオを演出する仕事をしはじめたころです。
一般視聴者から投稿された世にもおぞましい心霊写真の紹介と、
そんな心霊写真にまつわる恐怖体験をベースに、ドキュメントと再現ドラマをあわせたホラービデオです。
「呪いのビデオ」「ほんとうにあった怖い話」と同じ会社で製作された真面目に恐いビデオシリーズです。

で、いきなり話をすっとばして宣伝します。
2008年5月に発売レンタルされた、

「怪奇!アンビリーバブル 闇の都市伝説」
http://net-broadway.com/shop/shop/detail.cgi?code=BWD-1842
という作品があります。
私はこの3分の2(後半の2つのエピソード)の構成・演出を担当しています。
人を笑かしたい衝動にかられた者が、
それとは正反対の人を怖がらせる作品を撮るとこうなるのだという興味深い実験結果がでています。
ツタヤや大きめのビデオレンタル店にはだいたい置いてあります。
なんとなく興味をひかれた人は見てみてください。
ホラーが苦手な人でもまあ、なんとか見れるとおもいます。

以上、最終回に自作の宣伝をするという確信犯でした。


というわけで、今週末は
1994年の大仁田vsサスケの電流爆破マッチ観戦以来、14年ぶり2回目の仙台だ。
あのころはプロレスしか興味がなく、
これから一生女とつけあえないのと、一生プロレスを見れないのとどっちをとるかと聞かれても
俺はプロレスをとるんだと言いはり、毎日学校の机に夢の対戦カードのトーナメント表を書いて一人で興奮していた。
そんな一見するとオタクで暗い高校生だが、笑いには助けられた。

1年生の最初の授業、若い女の先生へ生徒たち皆が質問をすることになり、
自分の番の時、「好きな虫は何ですか?」と真顔で質問したら、
教室内が爆笑の渦と化した。
くすくす笑いかとおもいきや、思った以上の爆笑に自分でも驚いた。
以後、人見知りなシャイボーイでも、
窓ガラス1枚割れず、教師に殴られれば情けなく保健室にかけこむ弱虫でも、
プロレスばっかりみて、女なんてクソだと思って、一人で仙台までプロレスを見にいくようなオタクでも
「好きな虫」貯金でなんとかやっていけた。
皆、私をわけわかんないヤツだと多少敬遠するも、
「太一くんっておもしろい人だよ」という意識をギリギリ持ち合わせ、
私とそれなりに遊んでくれた。
大したギャグでもない一言が、偶然の間とタイミングで笑いがとれてしまった。
笑いの神に助けられたのだ。

しかし、3年生になると「好きな虫」貯金も残りわずかとなり、
そこへきて最高に孤独感をあおってくるようなクラスになってしまい、極度に居心地が悪くなった。
そして3年生最後に近いホームルーム。
もう貯金は尽きていた。
教室後方に放置したままの汚い柔道着を、ちゃんと家に持ち帰れ!と教師に怒鳴られた。
私はすました顔して柔道着をそのまま素直に持ち帰るとみせかけて、
思いっきりゴミ箱に投げ捨てた!
柔道着はものの見事にゴミ箱にイン!

シーン....静寂の間。
もう誰も笑ってくれない。
そんな私は、柔道着をゴミ箱から拾うこともできずに、俺は柔道着なんていらないから普通に捨てただけだ、
という顔をしていた。
これが3年終盤のホームルームでよかった。
1年だったら確実に登校拒否になっていた。
やっぱり笑いは最高にむずかしい。
そんなことが反省になり、それからずっと人をあまり笑かそうと思わなくなり
5年前、笑いのないクソ真面目な映画を撮ったのだろう。

そんなヤツがすべることを恐れず人を笑かす映画を撮りたいと奮い立ったのだが、
何がそうさせたのか、厳密にはよくわからない。
で、まあ、どんなにギャグがすべっても、本当に作った本人が確信をもって面白いと思っていれば、
確信はなくとも、そういう志さえがあれば、とりあえずはオッケーなんだとおもう。
すべることを恐れたら笑いなんて生まれない。
柔道着インはすべったけど、きっとすべってよかったんだ。

ようは志。
笑いに限らず、その志がない日本映画があまりに多すぎる。
なんなんだクソ、
志がない、ふ抜けた映画ばっか撮ってるんじゃねえ!
クソ野郎!
そんな奴ら早くやめちまえ!
下にはゾロゾロとセミプロ監督陣が待ってんだ!
そんな映画上映するなら志の塊のようなセミプロ監督陣のオリジナル脚本の映画をながせ!
観客をなめるな、志ない映画で聖なる映画館を汚すな!バカ野郎!

もはや完全に日記ではない。
どうでもいいや。

自分にどれほどの志があるのかはわからないし、
もっと切実に映画と向き合い、芸術に向き合っている方からすれば、自分はまあ、ふぬけです。
だから自分より、さらに志がないものをみると、もう、ダメなんです。

そんなこんなで、この日記もこれで最終回。
だから思いっきり長文を書いちゃいました、すみません。
不快になった人、ざまーみろ。
最後まで読んでくれた人、ありがとう。

結局最後までひがんでばっかりだったけど、
2008年は自分にとってひがみイヤーなんで、今年の自分らしい日記だったのではないでしょうか。
日記を書くまではいったい誰に向けて書いたらいいんだと戸惑い、
無名の人たちのブログをみて、
「お待たせ!最近更新できなくてゴメンネ」などいう言葉に、
誰に謝ってんだよ、誰も待ってねえよ!などと怒ったときもあった。
そんな自分が、いつのまにか日記などを書いて、最後に「ありがとう」などと書いてやがる。
ぷっ、
ダサっ、さむっ

昨年の例をみると、あと約一年、この日記はここに放置される。
恥ずかしいな。
今年の映画祭終わったら、こんな日記すぐ消してください。

以上です。
さよなら。
2008年10月4日
5. 凡才、ベタにやられる
2008年10月1日。
まったく今日はなんてベタベタなんだ。

午前、ベタな流行小説「流星の絆」。
ベタなラストに思わず微笑む。

午後、ベタな東宝映画「イキガミ」。
ベタな夢見るミュージシャンに涙ぐむ。

夜、ベタな夕飯である秋刀魚定食を経て
テレビでさらに強烈なベタ2連発。
K-1WORLD MAX 2008
優勝した魔裟斗のベタなマイクパフォーマンスにやられる。
さらに続けざまに清原和博のベタな引退セレモニーにやられる。
もう涙が止まらない。

深夜、ひっそりベタに蒼井そらでフィニッシュ。
一年で一回くらいこんなベタベタな日があってもいい。
また明日から変態に戻ろう。

というか、じつは変態になれない。
じつはかっこつけてシュールぶっているが、
本当はベタが大好きなんじゃないのか?

だって、
「日記なんか面倒くさいしキライだね」
なんてシュールぶった顔して、けっこうな長文を毎回ベタに更新してるじゃないか。
初めて買ったCDは工藤静香とWink。
ベタベタじゃないか。
ツェッペリンじゃなかったのか?
初めて感動した映画はもちろん「E.T.」。
ぷっ、
ジャン・リュック・ゴダールじゃなかったのか?

短篇映画「信二」は、ある意味そんな自分自身です。
かっこつけてシュールぶったベタな映画なんです。
2008年10月4日
4. 凡才、シナリオを書く
8月から9月にかけて長編映画のシナリオを二本書きました。

まず8月に星野ジャパンのあまりのふがいなさに苛つきながら一本書きました。

人里離れた自宅で父にずっとひきこもらされていた29歳の処女が愛する父の死をきっかけに
外の世界とふれあい、やがて恋をし、恋にやぶれ、また恋をしようと旅立つ物語です。

先方にプロットは気に入ってもらえたのですがシナリオになったら暴走し、
卑猥なシナリオになってしまいました。
そのふがいなさをGGと村田と阿部のせいにしましたが、ほんとうは自分が悪いのだと反省しました。
反省しているようでまったく反省していない仙一さんのセンロックと自分はちがうんだと言い聞かせました。

そんな卑猥まみれの夏が終わりそうなときに、もう一本シナリオを書くことになりました。
前々から企画していたものがようやく少し動き出しそうになったので慌てて書きました。

お母さんは男にフラれました。
ぼくは相撲で勝てません。
負けっぱなしのぼくたちは、
それでも楽しく生きてます。

というキャッチフレーズのシナリオです。
あんこ体型の10歳の少年と37歳の恋に生きる美人ママの、
負けっぱなし人生応援歌みたいな、家族の絆、愛をとりもどす物語です。

前のシナリオを反省し、エンターテイメントに徹し、卑猥や暴走をくいとめ落ち着いて書いたらそれなりに評判のよいものが書けました。
人生、反省ってやっぱり大事です。
と思った矢先に今日定年後のオッサンたちに駅前にとめた自転車を撤去されました。
あのオッサンたちは朝から晩まで何をそんなに必死になって自転車ばかりを睨みつけているんだ。
クソやろう、オレは反省しない!
明日も自転車置いてやる!
今度こそ定年後のオッサンたちの目の届かない、まさかこんなところに!って場所に自転車をとめてやる!
定年退職のバカ!

だって、だってさあ、
こっちは映画見に行くのだってチマチマ金券ショップいったりレイト割引でいったり、
レディースデイ対策でプチ女装することだって考えたこともあるのに
なんでオマエらはそんなオレから二千円もぎとるのだ、
格差社会のバカ!

人間は悪い悪いとおもいながら、わかっていながらどうしてもやめられないことがある。
例えば、
浮気、
煙草、
そして放置自転車。
浮気はしたことがない。一生できなそうだ。
煙草はやめた。死ぬ前にもう一服だけできればよい。
放置自転車。これだけは一生やめられない。
サイクリングのバカ!

そもそもこの国で一番エラかったヤツだって全然反省してねえじゃねえか!
そうだろ、タケオジュニア!
っていうか、何でまたオマエらの中から総理大臣選ばれるんだよ、
日本のバカ!

かつてアントニオ猪木は人生崖っぷちの愛弟子橋本真也に「馬鹿になれ」という詩を贈った。
バカにまみれながら、バカにならずに馬鹿になろう。
そしていつかこんな世界を変える映画を撮ってやろう。
そのためにシナリオを書き続けよう。

っていうか、いいかげん長編映画撮りたいです、
でもそんなに世間は甘くない。
凡才のバカ!
馬鹿になれ!
2008年9月18日
3. 凡才、我が師匠を語る
2002年春、突然師匠は現れた。

それまで何も志していなかった私は当然師匠と呼べる人もいなかった。
地元の旧友に草野球に呼ばれ10年ぶりに全速力で走ったら1試合に2回もこけて肩を脱臼してしまい、
そんなとき映画監督というものを真面目に志してみようと考え、
ENBUゼミナールという小さな映画学校に突然入学した。
そこに師匠はいた。
師匠の名は、篠原哲雄。まぎれもない第一線の映画監督。

「ぼくはニコチン中毒者だから授業中でも吸わしてください」と師匠は言った。(今は禁煙済)
マイセンライトをプカプカ吸いながら、師匠は自己紹介をはじめた。
その雰囲気に、皆不思議とひきこまれていった。
特別に話がうまいわけではない中年のオッサンの話に僕らは夢中になった。

そんな映画学校時代、師匠に何を教わっていたのか。
監督の心得?演出方法?撮影技法?シナリオの書き方?
どれも教わっていたのかもしれないが、どれも教わっていない気がする。
なので「映画学校時代篠原監督に何を教えてもらいましたか?」
と聞かれたとき、「生き様ですかねえ」と、こたえてしまう。
が、それも嘘っぽい。
師匠の生き様は映画監督としては普通。
でもなぜか普通のオッサンは僕らのカリスマだ。
特にカリスマ性のある言葉を吐くわけでもなく、カリスマ性のある作品を撮っているわけでもないのに。

もちろん師匠の作品は好きだ。(嫌いなものもあるけれど)
映画学校時代に立て続けに師匠の映画を映画館でみた時期があった。
とくに「洗濯機は俺にまかせろ」と「木曜組曲」は最高だった。
最後に監督クレジットが出たとき、師匠の監督としての偉大さを痛感した。

そんな師匠にパワーをもらい、自身の卒業制作作品では師匠と一緒に国会議事堂に手榴弾を投下する若者の話を撮った。
そしてその後師匠の小さな作品の助監督を何本かやった。
現場の師匠はもちろんかっこいいのだが、助監督と監督という関係性は、
私と師匠の関係性ではない気がして、なんだかいつも違和感をおぼえていた。
そして今回映画祭で上映される「信二」という作品は、よくよく考えてみると師匠にまつわる人たちだらけで創ったものだ。
主演の男もヒロインの女性も師匠の教え子の俳優で、
撮影・照明、助監督、制作部の主要スタッフも皆師匠の教え子だ。
そしてこの映画を撮った母体である、やまなし映画祭実行委員会の企画者は師匠のイトコである。

はじめて師匠にこの作品をみてもらったのは、とある制作会社での飲み会の終盤、夜中の2時、3時ごろか。
師匠はたいそう酔っぱらっていて、きちんと見ているか怪しかった。
そして見終わった師匠は、「この音楽いいな」とだけポロっと言ってきた。
「音楽なんて一番監督と関係ないところだろ!他に褒めるところはないのか!」と思ったが、ニコニコしていたから許した。

それから数ヶ月後、今度は渋谷Q-AXで一回だけ上映した。
上映終わりにヤボ用でそそくさと会場を後にした私の携帯に師匠から電話がかかってきた。
「おもしろかったよ。前見た時は俺眠かったからよくみてなかったんだけどさあ」と言われた。
いくつになってもオトナに褒められるのは嬉しいものだ。
しかも師匠に褒められたら格別だ。
ただ、褒められるだけでは意味がない。
今度は師匠を悔しがらせる作品を撮らねば。
師匠がどんなに眠くてもどんなに酔っぱらってても、目を覚ますようなもっともっと師匠の心をえぐるような作品を撮らねばいけないとおもった。

これまで勝手に師匠、師匠と書いているが、今まで師匠を師匠と呼んだ事は一度もない。
お笑い芸人でもあるまいし、あまり師匠師匠呼ぶことはないんだろうけども、
もう少し一人前の監督になったら、自分の監督作品のDVDのコメンタリーにでも呼んで師匠師匠と呼びまくって思い出をつくりたい。

というわけで、前回ふざけた感じで書いてしまったので、
今回は少し真面目に書いてみました。
これが日記なのかというかんじですが...

来週は冷麺でフィルムを創ったという男をご紹介します。
2008年9月5日
2. 凡才、日記を書く
たとえばブログ
たかがおれの日常なんて誰が知りたいのか

たとえばエコバック
たかがおれが地球を救えるのか

たとえば自主映画
たかがおれが何を必死になっているのか

暇人のくせに、そんなことを言い訳にして今まで日記をサボっていました。
すいません。

それでも名も無いアイツは更新を続け
それでも永作博美はかわいいのだし
それでも私はこれまで自主映画を撮ってきた

というわけで、日記を書きます。

といっても、ここに自分の日常を赤裸裸に書くことはできない。
初恋の人を思い出して久しぶりにその人の家の前に行って××したこととか、
ガムを踏んでイライラしたので交番に行ってそっと××をしたこととか、
夜中に一人とんでもなく××な××をついに××してしまってとんでもなく興奮してしまったこととか
そんなことは書けない。
だから今日の日記はこれで終わり。
さようなら。

というのも寂しい。
せっかくの日記だし。
せっかく書く気になったのだし。

唐突だが、amazonというネットショッピングは恐い。
こうして日記を書こうかとしている間にもまたDVDを買ってしまった。
映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のDVDが26%offだったから、
それに合わせてポチポチいろんな映画のDVDを買って、
いかに1万円ぴったりにするかみたいな一人遊びが始まって、
どうでもいい映画のDVDまで買わされた。
クソamazon!

VHS全盛時代には映画のVHSを買うという発想はなかった。(レンタル落ち激安中古品をのぞいて)
DVD時代に入り、映画をDVDで所有するという趣味が生まれた。
完全にハメられた。
せっかく煙草をやめたのに今度はDVDだ。
映画のDVDなんてどんなに多く見ても2回か3回。
ほとんどが1回。
また見直すんだなんて自分に言い聞かせるけど、ほとんどが絶対1回。
レンタルで十分だ。
何が映画を所有するだ。
映画なんて所有するものじゃないぞ。
クソDVD!

しかし、
そんなのは貧乏人の戯言で、自分にもう少し余裕が生まれれば、
DVDもamazonも可愛いヤツに思えてくるにちがいない。

5、6年前、本気で映画業界に入ろうと志したころ、
日本の有名映画監督たちが「若い映画監督志望者へ一言」的なとメッセージを語るとき、
「今からでも遅くない、映画業界なんて入ってこないほうがよい。別の道を選びなさい」
なんていう言葉をよく聞いた。
そのころは「何でだよ!そんなこと言うなよ!」と怒ったけど、
今はその気持ちがわかる。
わかりたくないけどわかる。
一見華やかな業界のクセに、成功と金銭が結びつかないから現実を知るとイヤになる。
それでも一度足を踏み入れ映画の魔力に取り憑かれた若手セミプロ監督たちは成功を夢見る。
映画界の「新しい才能」は皆そうやってくすぶり、苛立ち、もがいている。

私もそんな若手セミプロ監督の一人です。
でも自分に才能があるかなんてわからない。
プロの方々でさえ、つまらない映画ばかり撮る凡才はたくさんいる。
セミプロなんて、もう凡才たちの集まりだ。
自分もきっと凡才だ。
それでも、影では少しくらい才能があると思いたい。

仙台短篇映画祭2008
「新しい才能に出会う」
そんな場所に呼ばれたら、その日くらい少しは天狗になってみようかなと思う。
「オレが映画界の新しい才能だぜ」なんて顔はできないけど、
「amozonっていいよね」「DVDっていいよね」っていう顔
くらいだったらできる気がする。

気がついたらけっこう長文だ。
最後は愚痴だし、かっこわるいけど、まあいいや。

よし、日記が書けたから××に行って××と××をしながら××をするぞ!

来週は、映画と牛タンの意外な共通点を歴史学的に検証します。
2008年8月28日
1.
皆様はじめまして、
短編映画「信二」を監督しました鈴木太一と申します。
この「信二」という作品は、昨年のやまなし映画祭2007で上映された作品で、やまなし映画祭実行委員会協力のもと、山梨県甲府市で撮影した自主制作映画です。
共同脚本で山梨のシナリオ教室の主婦の方が書いてくれたり、音楽は、その主婦の旦那のコックの方だったりします。
それまで山梨といえば富士急かオツオリかぐらいしか知らないほど、山梨とは縁もゆかりもなかったのですが、ひょんなことからここ3年くらいずっとやまなし映画祭とは関わっていて、作品を創ってきました。
今回、仙台短編映画祭での上映を機会に、仙台とは何のゆかりもないわたくしが、映画を通してこれから仙台と深く関われる、その第一歩になればとも考えています。

今回の上映にあたって日記を書くことになりましたが、不慣れなもので何を書くことになるか、いまだノープランですが、できるだけ上映作品「信二」に関する事や映画にまつわることを書き記せればとおもいます。
よろしくお願いします。
2008年7月23日
NEWS & TOPICS
  • 9月29日
    プレミア上映告知、「神童」への山尾敦史さんのコメントを掲載いたしました。
  • 9月5日
    予告編ページ、特別企画「ハンガリーからこんにちは!」、2008年度ケータイサイトオープンしました。
  • 7月25日
    2008年度ホームページリニューアルしました。
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